野田物語。

野田家~つがるの食彩 野田
36年のあゆみ

甲徳兵衛町時代
昭和51年~

よされ横丁から甲徳兵衛町に繁華街が伸び、新しいテナントを募集していた時期。天ぷら・うなぎ・刺身のお店として『野田家』が開店しました。当時はまだ天ぷらやうなぎが食べられるところは少なかったこともあり、開店当初から多くのお客様にお越しいただき、大忙しでした。
オープンして三年後、長男誕生。女将は子供をおぶって店に出たり、預かりを頼んで朝まで面倒をみてもらいながら、夫婦で力を合わせて切り盛りしていました。
そんな折、あるお客様から店を移転するきっかけをいただきました。新たな料理創作への意欲にあふれていた店主は、思い切って新店舗営業に踏み切ることに。

乙徳兵衛町時代
平成4年~

大きな宴会が出来る2階建ての、『野田家』完成。
お陰様で、この小さな街にこんなに人がいたのか、と思うくらいに、お客様に来ていただきました。一日で150人ご来店いただく日も。
小料理屋風の野田家から大広間のある野田家へ。慣れない宴会形式に戸惑い、忙しさに追われながらも、黒石では数少ない宴会場としての役目を果たした時代。
その合間にも、店主はそばの手打ちの練習・研究を始めました。当初の手打ちそばは失敗の連続。そんな店主の試行錯誤を見守るお客様の人情に囲まれながら、時は流れていきました。

浜町
平成20年~

店舗を浜町に移設し、『つがるの食彩 野田』として再スタート。
店内に入って一番に目につくのが、開店時に浜町ねぷた会より寄贈された、ねぷた絵でしょう。ねぷた絵の巨匠、寺口健一氏の筆によるもので、新しい野田をあらわすシンボルとして、皆様に親しまれています。
「多彩な料理を取り揃えて、お客様のあらゆるニーズに応え、楽しんでいただきたい」というポリシーのもと、季節料理、手打ちそばをメインとしながらも、ラーメンや鍋なども提供し、津軽の食事処としてご愛顧いただいております。
店主の料亭仕込みの腕と、女将のきめ細やかな心配りで、今後も黒石の食を盛り上げていく『つがるの食彩野田』。

当の野田は、いいお客様に恵まれた、お客様のおかげでここまでやってこれた、と感謝の念が口をついて出るのです。